2012年01月23日

うっとり・・・

今回の名古屋行きの目的は、松坂屋で開催されている加賀友禅作家、
中町博志先生の展覧会にお邪魔すること。

母の色留袖、義妹の奈美ちゃんのお振袖は中町先生に描いていただい
たものだし、展覧会で作品はこれまでに何度か拝見しているのだけれど、
先生とお会いするのは私は初めて。

なぜこの図案を描こうと思ったかそのときの心情、抽象的な柄はそれが
何を意味しているのか、どんな想いが込められているのか、全ての作品
について、私たち二人に丁寧な解説をしてくださり、それをお聴きしながら
見せていただいた。加賀友禅に対するその真摯な姿勢に胸が熱くなる。
反骨精神も多分に持っておいでだが、それを作品に忍ばせても、あくまで
作品はやさしく、品性を失わないのは、先生のお人柄故と思う。

全体的に水墨画のような地味な色づかいの作品に、先生はハッとするよう
な美しいグリーンやブルーの色をポイントでほんの少しお入れになるのだ
けれど、それがものすごく効果的で、全体がキュッと締まる。相当の潔さが
ないと、なかなかこんな大胆な色の使い方はできないだろうなと、見ている
こちらがドキドキ。そして私は一つ一つの作品にそのドキドキを探しては
一人ニンマリするのであった。

気付けば、1時間半も先生とおしゃべり。「先生を独占してはほかのお客様
に申し訳ないから」と母を促しておいとま。

ああ、どなたか、中町先生の牡丹のお振袖をまとったところを、私に見せて
いただけませんか?


2012年02月29日

盆梅展デビュー

長村母に誘われ、滋賀県長浜で開催中の「盆梅展」へ。

盆梅とは、鉢植えの梅、つまり梅の盆栽のこと。誘われるまま何も知らず「梅の盆栽ね・・・」とついて行った私ですが、その見事さに圧倒されてしまいました。

樹齢250年、なかには400年なんてものも。そして、15cmぐらいの小さなものから、高さ3mぐらいに至るもの、あるいは根元から斜め上に向かって伸びているためにつっかえ棒で支えられているものもあります。そして、会場内は梅の馥郁たる香りに満ち、なにやら梅の放つ妖しげなモノにからめ取られそうになったのであります。

ピンクの花咲く枝垂梅は、まるで少女か初々しい新妻を、まだ2分咲きくらいの緑の枝が青々とした梅は若者を想わせ、ふっと頬が弛みます。しかし、その他の樹齢何百年という古木が私に連想させたのは、「執念」。

幹の内側はなく、残っているのは幹周り3/4の皮だけじゃん!と思われる樹でも花は咲いている。これ2本の梅?と思いきや、近くに寄ってみると幹の真ん中部分が失われ元々1本の樹が2本に見えているだけのものも、やっぱり花が咲いているの。こんなになってまでなお花を咲かせるの? 花を付ける梅の樹にも、そしてこれを咲かせるために何代にもわたってお世話をし続ける人たちにも、凄まじさを感じたのでした。

それにしても、会場は60、70代のおじさん、おばさんだらけ。
盆梅展デビューはちょっと早かった?

2012年03月24日

長村家、京都に集結

長村父が昨年をもって事務所を次男の峰行さんに譲った。ご苦労様会で両親(2名)、私たち長男家(2名)、次男家(4名)、東京から妹家(4名)の4家族12名が京都で集合することに。法事など以外でこんなふうに集まるのは初めてじゃないかしら。それにしても4家族のスケジュールを調整しようとするとなかなか難しい。とくに私の場合、クラスのないのは日曜と水曜のみときているし。皆さんは2泊、私たちと峰行さんは1泊。

(1日目)
 宇治の「しゅばく」で十割蕎麦のお昼 
 宇治上神社
 宇治平等院鳳凰堂とその宝物館「鳳翔館」(栗生明氏設計)
 中村藤吉本店でティータイム
 東本願寺「真宗視聴覚ホール」(高松伸氏監修)→見学時間に間に合わず
 「わらじや」で夕食

(2日目)
 紫織庵(京町家・襦袢の美術館)
 イノダコーヒー本店でお昼
 細見美術館(大江匡氏設計)
 東本願寺「真宗視聴覚ホール」と阿弥陀堂屋根の修復工事

IMG_0046[1].jpg

平等院鳳凰堂は二十年くらい前に初めて訪れた。当時もその荘厳さと優美さに圧倒され見入った記憶があるが、歳をとって見るとまた違った味わいがある。今回とても惹かれたのが、阿弥陀堂内の長押の小壁に懸けられた雲中供養菩薩像。元々は極楽浄土で阿弥陀如来の徳をたたえて謡っている菩薩たちのことで、雲に乗り、楽器を演奏したり、舞っていたり。その調べがどこからか聞こえてきそう。自由で、躍動的。

全部で52体あるうちの26体を隣接する「鳳翔館ミュージアム」で見ることができた。仕方のないこととはいえ、実際、阿弥陀堂で配置されている場所よりかなり低い位置に横一列に並べられたケースの中の数体の姿に、先程の印象は薄い。作者はきっと、かなり下から見上げる目線で拝見することを考えて作っているだろうから、正面から見てしまっては違って感じても仕方ないよね。まあ、細部を間近で見せていただけることを喜びましょう。

ミュージアムショップでポストカードを選んでいたら、「南8号」(阿弥陀如来座像を囲むように配置されており、北と南のそれぞれ何号と番号がつけられている)が横笛を吹く菩薩。正面からだとかなりぼってり系のお顔だけど、ポストカードは斜め45゚。無心で静かな表情にとても惹かれた。

最近、私がまったく触れていないものだから、皆さんはきっと「あら、まだ続いていたの?」とおっしゃるだろうけれど、はいはい、師匠のお宅にうかがったときしか吹いてないような・・・気がしないでもないけれど、細々と続いている私の篠笛。このような表情で吹けるときがいつかはやってくるかしら・・・との願いを込めて2枚購入。師匠にお出ししよーっと!

2012年03月25日

コーヒーを運ぶのは誰?

宿泊したホテルでは、自販機コーナーに設置してあるコーヒーマシンで自由にコーヒーが飲めることになっていた。二日目の朝食後。

峰行さん妻きょうこさんと一足先にお部屋に戻る義妹なみちゃんが、

なみちゃん:タカくん、帰るときにコーヒー2つお部屋まで持って来て。
タカくん(なみちゃん夫):はい。
和泉:(心の中で)わあ、なみちゃん、頼むんだ。それにタカくんも「はい」って言うんだ。うちではとてもじゃないけど頼めない・・・。

長村母、峰行さん、タカくん、和泉の4人でコーヒーのコーナーへ。

まず峰行さんが一杯だけ入れて終わりにしようとする。

和泉:えっ? 一つだけ?
長村母:きょうこさんのは?
峰行:もう、持って行ったんじゃない? 
和泉:なみちゃんはタカくんに頼んだし、きっと持って行ってないと思うよ。「自分のだけ?」って言われちゃうかもよ。持って行ったら?
長村母:そうそう、2つ持って行きまっし。

新たに注いだカップを手渡すと、峰行さんは「じゃあ、そうするか」と素直に持って行く。

和泉:タカくん、さっきなみちゃんにコーヒーを頼まれたら、「はい」って言ってたでしょ。ビックリしちゃったぁ。「いや」とか言わないの?
タカくん:言いません。じゃないと、交換条件で今度は僕が何かを我慢しちゃくちゃいけなくなるから。無駄な抵抗はしません(笑)。
和泉:はー、なるほど。うちはとても頼めない・・・。

と言った瞬間、

3人から、「兄貴はだめだよ」「和泉ちゃんとこは無理無理」「それは絶対言えませんねぇ」のオンパレード。

三種三様の夫婦の在り方に大笑い。

2012年03月29日

麻呂の粋な計らい・・・

長村御一行での京都旅行が決定したとき、それぞれの家で行きたい場所も違うだろうし、子供たちも居るし・・・さてどこを観て廻ればいいの?と長村母と頭を悩ませることに。とにかくたたき台を作って、そのプランで行動したい家はご一緒に、いや他を観たいという家は別行動をしてもらうということにして、長村さんに観たい建築を挙げてもらい、長村母の要望も盛り込んで私がそのプランを作ることになった。

峰行家は長男がこの春から京都の大学へ進学することになり、その準備のためにみんなとは別行動、ホテルと夕食だけ一緒。なみちゃん家は一緒に行動するという。

ええっ、いいの? 子供たちにはとても退屈なんじゃないのかしらん。私が中学生の頃と言えば、お寺や仏像を観ても「ふーん、あっ、そう。そう言えば教科書にあったわ」ぐらいの感想しかなく、20代後半になってやっとその面白さが分かり始めたんだったかなぁ。この4月から中学3年生のケントくんと小学3年生のれいちゃんに一緒に行動しなさいというのは酷なのでは・・・?と思った。

ところが旅行が終わってみれば、二人とも一度として「まだぁ?」「早くして」「もう飽きたんだけど」というような言葉を発するでもなく、不機嫌になるわけでもなく、みんなを置いてさっさと行ってしまうでもなく、それぞれがそれなりに楽しんで始終大人な団体行動をとっていた。なんて情緒が安定しているんだろう!と感心してしまった。そのことを長村さんに話したら、「ああ、オレが子供の頃なんて、とてもあんなふうではいられなかった。退屈すぎてグレてたぞ。二人とも子供にありがちなグニャグニャさがなく、体がピシッとして芯が通っている」と誉めていた。

こんな大したケントくんとれいちゃんだけど、れいちゃんはちょっと変わり種。

細見美術館は入館券がシールで、入館者はそれをどこかに貼って見学することになっている。

IMG_0237[1].jpg

れいちゃんはその入館券を額に貼ってご満悦。しかも見学終了後、母のシールも貰って額には2つのシールが・・・。それを見た長村さんが「お前は “ 麻呂 ” か!」(以後、長村さんはれいちゃんを「麻呂」と呼ぶ。) 母に「いい加減、そのシール、取ったら?」と言われても、「いいのっ!」と言って一行に取る気配なし。結局、その後の東本願寺の見学も京都駅ビルでの夕食中もずーっと貼ったまま。途中、「母クン、今ね、すれ違った女の子たちが私のこと変な目で見てた・・・」と言うので、「当たり前じゃない。すれ違う人みんな変な目で見てるよ」と言われても平気のへっちゃら。

しかし、後から長村母に聞いたところによると、一泊で帰沢する私たちと京都駅でお別れした瞬間、麻呂はシールを剥がしたらしい。もしかして、逢う前から「ヒロちゃん(長村さん)に逢うのが楽しみ♪」と言ってくれていた麻呂の、ヒロちゃんへの大サービスだった?

2013年04月19日

宮崎へ


19・20日に宮崎のシーガイアコンベンションセンターで開催のヨーガ療法学会に出席するため、18日に羽田経由で宮崎入り。

宮崎空港に到着してタクシー乗り場に向かう途中、すでに私の目は、生ジューススタンドに並べられたいくつものジューサーの中の「フレッシュ・マンゴージュース」なるものをとらえていた。いつもなら躊躇うことなくすり寄って行くのだけれど、へへっ、羽田空港で時間つぶしにお店を冷やかしていたら、高級フルーツの老舗「銀座千疋屋」の「マンゴープリン」に呼び止められ、「機内でお召し上がりいただけます」の店員さんの声にまんまとはまり、友人と二人、機内で召し上がった人になっていたのよねー。「今から産地の宮崎へ行こうっていうのに、中身はマンゴープリンだったの?」って他の参加者に笑われて、「あっ、そうだった…」と自分たちのオマヌケさに初めて気づいた時はすでに遅し。ジュースは帰るときね!と心に決めたわ。

ホテルは学会会場隣りの「シェラトン・グランデ・オーシャン・リゾート」に三連泊。リゾートホテルだけあって、部屋に入るとまず待ち合いスペースがあり、トイレとバスは別。広い浴室には、全身伸ばしきって入れるバスタブと別にシャワーブースがあり、アメニティも充実。お部屋も広く、前室オーシャンビューのうたい文句どおり、眼下には松林が広がり、その向こうに太平洋が見渡せた。海の色が時間と共に変化していくのをただ眺めているだけでも退屈しない。

そして何が良かったかって、露天風呂。貸し切りの離れ湯、中浴場、大浴場と3種類あるんだけど、宿泊者なら¥1000で何回でも入浴可能な大浴場へ。整ったお庭を眺めながらの露天風呂っていろんなところにあるけれど、こういう野趣味たっぷりの自然林の中っていうのがとても新鮮。竹林の中に大きな石の塊をくり抜いて作った浴槽を置いて…な〜んて夢みて、夢のまま終わりそうな珠洲の家の改修のイメージのまま。普通のお風呂でお湯に葉っぱや虫が浮いているとちょっと気になるけれど、こういう自然の中ではなんでもオッケー。爽やかな風がそよそよと吹いてきて、どれだけでもお湯に浸かっていられる。寝る前にも貸し切り状態で入っちゃった。

それと、ホテル内の「ニニギベーカリー」のパンはとっても美味しくオススメ。バターたっぷりでカロリーは高そうではあるけれど。

というわけで、お部屋快適、露天風呂爽快、パン美味しい、この3点のみで私のシェラトンの評価は星三つ。しかも…。同室の友人が体調を崩し朝食を食べに行くことができなかったので、ジュースかフルーツだけでもお部屋に持ち帰れないかダメ元&主婦根性でスタッフにお尋ねしてみたところ、やはりお部屋に持ち帰るのは無理とのこと。だけど、「ニニギベーカリーへこの朝食券をお持ちいただければ、パンと交換できます」っていただけた。パンの2〜3個いただけるのかな…と思いつつ行ってみたら、「店内のものを1800円分お選びいただけます」と言われ、そのご配慮に心の中でガッツポーズ! ダメ元って大事よね〜、ビバ、主婦根性!

しかし、三連泊はナイスだったわ〜と喜んだのも束の間…。

午前1時過ぎ、長村母から私の携帯に電話。「今、母が逝ってしまったの。」

2014年04月28日

隅田川沿い散歩


姉夫婦の住むマンションは晴海にあり、東京駅八重洲北口からマンション直通のバスもあり早ければ20分弱で到着です。オフィス棟もあるのでウィークデーならば通勤の人たちで混むのでしょうが、土曜日だったせいか有楽町から乗ったバスは私たち二人貸し切りの恐れ入ります状態でした。

マンションから勝ちどき橋を渉れば築地市場、もうちょっと歩けば歌舞伎座、もっと行けば銀座。とても便利な場所なのだからあちこちおでかけすればいいものを、隅田川〜月島周辺をお散歩した以外はマンショにお籠もりで、休暇を取ってくれた姉と長村さんと3人でおしゃべり三昧で終わりました。

IMG_2250[1].jpg
向こうにスカイツリーをのぞむ

IMG_2226[1].jpg
佃大橋を渡って佃島へ

IMG_2237[1].jpg
今や三軒しか残っていない佃島の佃煮屋さんのうちの一軒

IMG_2229[1].jpg
もう一軒

IMG_2244[1].jpg
こんな日本家屋も残っています

IMG_2265[1].jpg
昔ながらの路地の向こうにそびえ立つマンションのギャップが面白い


20140427[1].jpg
路地を含まず6.2キロの散歩コース


2015年04月18日

綾部へのお参り旅行


長村母の母である祖母が亡くなったのは2年前の4月19日。

30歳のときに夫が戦死。そのとき10歳の長女である長村母を筆頭に子どもは5人。自分が同じ立場に立たされたら、と思うと、その先の人生への絶望感、恐怖しかありません。どれだけ辛かったでしょう。多分、そんな自分を支えてくれるものが必要だったのでしょう、祖母は大本教を信仰していました。

今年お正月に、昨年秋亡くなった長村母の妹のご主人と一緒に食事をしているとき、「4月の三回忌にはお参りに行こうか!」という話になり、レンタカー、宿、観光先などを長村さんがすべて計画してくれて、京都・綾部にある大本教の本部「梅松苑」へのお参りが実現したのでした。

IMG_6472[1].jpg
789畳敷の神殿「弥勒殿」

IMG_6481[1].jpg
草抜きの奉仕活動をされる信徒のお姿があちこちに

もう十年ほど前になりますが、亀岡市の亀岡城跡にあるもう一つの本部「天恩郷」にお参りする長村母におつき合いしたことがあります。敷地内に入り玉砂利を歩きながら進んで行くのですが、清潔感にあふれ、余計なものが一切ない清々しさに背筋が伸び、身体をそよ風が吹いていくような感覚がありました。こちらの綾部も同じような雰囲気があります。自分が信じるものの導きに自らをゆだねる人たちの清廉なエネルギーが感じられたのでした。

伊根の舟屋


綾部でのお参りを終え、丹後半島の東端にある伊根町へ。

伊根湾に沿って船の格納庫である舟屋が入江にせり出すように何軒も建ち並んでいます。2階屋の1階が船揚場、物置、干物の乾燥場などに、2階は居間(おじいちゃん・新婚夫婦・孫の部屋など)や民宿等に活用されているそうです。遊覧船に乗って海側から見れば舟屋の醍醐味を味わえたのでしょうが、到着が遅かったので遊覧船は諦め、裏手の通りを散策しました。山側に母屋があり、道路を挟んで蔵、舟屋の3点セットが伊根の舟屋の特徴だそうです。

IMG_6500[1].jpg
道の駅「舟屋の里伊根」から舟屋を臨む。

IMG_6505[1].jpg
手前は船揚場、奥は海からそのまま船を引き込む舟屋

IMG_6531[1].jpg
伊根浦は日本海側にありながら珍しく南向きの静かな入江

IMG_6512[1].jpg
山側に建つ母屋

IMG_6511[1].jpg
道路は入江の海岸線と並行して走っているため蛇行。その道路沿いに
建つ家と家の間にはこんな台形の空間があり、ここには小さなお社が。

IMG_6549[1].jpg
道路はこんな感じで蛇行

IMG_6550[1].jpg
マンホールの蓋

IMG_6538[1].jpg
3点セットのうちの一つ、お蔵

IMG_6542[1].jpg
母屋と母屋の間の石段を上っていくと神社

IMG_6551[1].jpg
こういう路地を見つけて通り過ぎるわけには参りますまい。
もちろん奥の石段をのぼります。

IMG_6552[1].jpg
階段の途中に何やら・・・

IMG_6553[1].jpg
野生のおサルさん・・・ってアリ???

IMG_6558[1].jpg
山側からの見下ろし。舟屋はほとんど妻入りで母屋は平入り。
たまに他と違うことをする人あり!

IMG_6563[1].jpg
入江が深く入り込んだ所では、それに合わせて舟屋も放射状に建っています。

IMG_6580[1].jpg
山側にのぼって下りてきたところを振り返って

一軒一軒、掃除が行き届いていて町全体が本当に美しいのです。ゴミひとつ落ちていませんでした。そして、穏やかな伊根湾と同じく、町がとても静かでした。

穏やかな海、道路を挟んで家があり、すぐ後ろに山が控えているため路地や石段、坂が多く、町歩きを楽しくしてくれます。

和泉:なんだか呉の実家の町の在り方と似てる・・・

寛行:伊根町の方がだいぶんリッチ感があるけどね!

和泉:どうせ、長浜はブリで栄えてませんよっ。

また再訪して民宿に泊まり、舟屋の端から端までを探検したいものです。
タグ:伊根の舟屋

天橋立にお泊まり


今回の旅行、レンタカー、宿、見学コースすべて長村さんが手配・計画してくれました。私は長村さんに「こんなのどう?」って尋ねられたらイエスorノーを答えるだけでOK!

宿を決めるにあたり、天橋立が目の前という立地の宿があって、最初はそこを候補にしていました。が、昔、長村母が利用したことがあるけれども全然良くなかったとの情報を得たため、建物は古そうだけれども「料理旅館」とうたってある「鳥喜」さんに決定しました。ただそんなに料金が高くなかったのであまり期待はせずに。

IMG_6588[1].jpg
「料理旅館 鳥喜」

ところが、ほんとにお料理が良かったのです。

一番最初の5〜6種類のお刺身。マグロなどの赤身は見当たりません。マグロはご遠慮したい長村家なのでポイント高し。どれもこれも見るからに新鮮でプリプリ。毎日、日本海の魚を食べ続けて80年、の長村父も唸る美味しさなのです。その感激を声高にしていたら、宿の方が「うちは地物の魚ばかりでお造りしてます」と。えっ、ホタルイカってこちらでも獲れるんだ!? 富山でだけしか獲れないものだとばかり思っていました。きょう行った伊根漁港に揚がったお魚たちかしらん♪

「カレイの煮付け」、その味付けが絶妙で身がフワフワなのです。長村母と「家庭の主婦は、こんなギリギリの線で煮るのを止めることはできないよね。煮足りないと怖いしなぁ・・・とつい余計に煮て身を固くしてしまうのが常。ほんと絶妙〜」と賞賛ものでした。

そして「宝楽焼」。素焼きの焙烙鍋のなかでも、平たい蒸し物や焼き料理に使われる鍋を「宝楽鍋」というそうです。鳥喜さんでは、宝楽鍋に塩が敷きつめられ、その上に載った甘鯛、海老、サザエが蒸し焼きにされていました。旨み凝縮って感じ。

IMG_6631[1].jpg
人数が多かったので夕食は別室で

夕食後は私たちのお部屋でお茶タイム。旅行に出るときはいつも、お気に入りのコーヒー、紅茶、棒茶、ハーブティーは欠かさず、今回は姪っ子のためにポーションタイプのホットレモン、チャイまで持参。そして、叔父のために日本酒と赤ワインも。「和泉さん、まめ〜っ!」と義妹の奈美ちゃんから大層感心されました。えっ、もしかして呆れてた?

IMG_6618[1].jpg
旅館側。ライトアップされた知恩寺の山門

IMG_6607[1].jpg
天橋立を散歩する母と娘


2015年04月19日

「旧三上家住宅」


鳥喜さんを出発後、宮津市内の「旧三上家住宅」へ。江戸時代に酒造業・廻船業・糸問屋等を営んでいた商家だそうで、外観の白壁が美しい。

IMG_6672[1].jpg
ファサード

IMG_6674[1].jpg
ニワでの見上げ、小屋組があわらに。
明かり取りの窓には防火用の扉がついている。

IMG_6675[1].jpg
おくどさんに蒸籠。酒造り用かな。

IMG_6689[1].jpg
水屋

格式のある和風住宅で使用される飾り金物「釘隠し」が、部屋ごとに異なる模様で打たれているというのも見所だそうです。全部で7種類(8つ)ありました。

IMG_6698[1].jpg
控えの間「葵」

IMG_6696[1].jpg
新座敷「蘭」

IMG_6699[1].jpg
玄関「花菱」

IMG_6704[1].jpg
庭座敷(?)「桃」その1

IMG_6708[1].jpg
次の間「桃」その2

IMG_6714[1].jpg
奥座敷の「宝づくし」
これのみ、なにが宝なのかよくわからなかった・・・

IMG_6713[1].jpg
仏間の「竹と笹」

IMG_6697[1].jpg
襖の引手

全体の造作や細工は興味深くゆっくり拝見させていただきたいのだけれど、なにせ係りの方の説明が速くて・・・。説明してくださった内容をじっくり味わいたくても、どんどん先に進んで「はい、次はこちらです」と言われるものだから無視もできず、バタバタと鑑賞することになりました。そして、さっきの釘隠しの「宝づくし」のところで、何の意匠で宝と言われているのか教えていただきたくお尋ねしましたが、「とにかく昔から宝づくしと言われています」で終了。「まだ午前中だけど、この方は早く家に帰りたいのかなぁ」と思っちゃった。

というわけで、写真のみ、コメントなし!

「カトリック宮津教会」


昨夜夕食後、地図を眺めていたら、「旧三上家住宅」から車で数分走ったところに「カトリック宮津教会」があることを発見。木造のステンドグラスが美しい教会だったはずとのぼんやりした記憶だったけど提案すると、皆さん、行きたいと。日曜日のお昼前だったので、ミサの最中だと内部を見せていただくことはできないでしょうから、そのときは外観だけでよしとしましょうと向かいました。

IMG_6732[1].jpg
ファサード

IMG_6729[1].jpg
祭壇側を後ろから見る

IMG_6737[1].jpg
瓦の万十部分に十字架の模様

IMG_6733[1].jpg
明治丙申29年5月6日 奉献 洗者聖若翰 耶蘇降生1896年

明治29(1896)年の竣工以来、119年が経過。日本で現存する「現役」の木造教会としては最古だそうです。宮津出身の実業家である信者が奉献されました。(内部は撮影禁止)

私たちが敷地内に入って行くと、ちょうどミサが終わったところで、ある女性信者が「よろしければ内部をご案内させていただきますが」と声をかけてくださいました。

教会に入ると、中央の通路は板張り、その両脇が畳敷き(現在は折りたたみ椅子が並べてあります)で信者はここで祈ります。正面に手摺子があって、その向こうに祭壇が。その祭壇、ステンドグラス、聖像、聖具などは、当時の神父がフランスから取り寄せられたそうです。ロマネスク様式の高い弧を描く天井は木、その天井を畳敷き部分に作られた土台から突き上げるようにしてケヤキの円柱が支えています。

祭壇、建物両脇のステンドグラスには、よく見るとまるで着物の江戸小紋のように小さな地模様が入っています。が、たまにその地模様のない色ガラスの部分が・・・。台風などでステンドグラスが割れてしまうと、今はもう同じものが手に入りませんから、国産の色ガラスを使うことになります。地模様のない部分は創建当時のものではなく取り換えられていることがわかります。

「皆さん、きょうはどちらから? ああ、金沢ですか。きょうはお時間はおありなのですか? おありになるなら、もうちょっと説明させていただいてよろしいですか?」とその信者さんが本当に丁寧に説明してくださいました。

祭壇前の手摺子に2本だけ逆さまに取り付けられたものがありました。「何故かおわかりになりますか?」と信者さんに尋ねられ、「日光東照宮にも逆さ柱というのがありますね。魔除けですか?」と長村さん。「まあ、よくご存知ですね。このことから、この教会を施工するに宮大工さんがかかわっていたことがうかがえます。」 建物は完成と同時に崩壊が始まると言われていたことから、わざと柱を逆さまにつけることによって未完成の状態とし、災いを避けるという魔除けの意味を持たせたそうです。

「天井が弧を描いています。当時、こんな施工ができるのは?」
「船大工!」
「そうなんです。これは船大工による技術です」

というように、まるで大学で講義を受けているかのようでした。信者さんのご好意によって、私たちは宮津教会の印象を深く心に刻むことができたのでした。

午前中、ガイドをしてくださった方は、自分のペースでとにかくとっととやることをやれば良し的。見学者の質問・疑問は、翻って自分の知識を増やし、その後のガイドをますます豊かにする良い機会だと思うのですが・・・。一方、こちらの信者さんは子どもの頃から慣れ親しんできたこの教会を愛してやまないという気持ち、遠方から来られた方をおもてなしするという精神にあふれ、「わあ、それは知りませんでした。お陰様で私も勉強させていただきました」と謙虚でした。

何事も心を沿わせて行わなくちゃ!と自戒。

2015年05月07日

姫路城


今年の日本ヨーガ療法学会の会場は神戸。日程は5/8・9なのですが、当日入りでは間に合わないので、前日のきょうから神戸入り。学会にいつも一緒に参加してくれる陽子さんとは、観光したいと思う場所が一致することが多く、今回は5年に及ぶ修理を終えて今年3月にグランドオープンしたばかりの姫路城へ。

「なんか、塗り替えた色が白過ぎて、“白鷺城"ならぬ“白すぎ城"って呼ばれてるらしいぞ」

と事前に長村さんから情報を得ていたので、ギョッとするほどではありませんでした。だって、塗り替えられたばかり、時間の経過とともにやがて落ち着いた色になるのを楽しみに待てばいいだけです。

それにしてもその威容さにまず息をのみます。端正で美しいです。そして、平地からなんとなくだらだらと坂をのぼって大天守に近づきますが、ふと振り返って「えっ、こんな高いところまでのぼってきたの?」とびっくりします。あの時代にどうやってここまで建築材料を運びあげたんだろう・・・とその苦労が偲ばれます。

大天守は5層6階、地下1階。内部を歩いてのぼりながら、余計なものがないシンプルな空間、とっても足触りのやさしい木の床に気持ちが安らかになるのを感じました。陽子さんも同じことを言いました。ちょうど一年前、名古屋城を見学する機会がありましたが、そのときには得られなかった感覚です。名古屋城は火災に遭って再建されたRC造。姫路城は造営当時の姿のままの木造。そう思うと、学校の校舎をコンクリートの打放しで造るっていうのは違うなぁ〜とますます確信を深めるわぁ。

グランドオープンと当時に、これまで600円だった入場料が1000円に跳ね上がった、高い!との声もあるようですが、私たちが現在、その美しい姿を愛で、日本人の技術の素晴らしさに感慨を覚え、過去に思いを馳せる機会与えてもらえることに感謝するとき、その入場料が決して高いと思えません。

「姫路城もいいけれど、城マニアのダントツ1位は熊本城なんだって!」

とまた長村さん情報。ああ、訪ねたいところだらけ・・・。

2015年08月03日

いざ東北へ!


以前は長村さんとよく旅行したものだけど、ヨガのクラスを持つようになってめっきり出不精になってしまいました。クラスをお休みすると、その前後の調整がなかなか難しいのと忙しさに拍車がかかるものだから、つい億劫になって。でも、そんなことを言っていたら、90歳になってもヨガ講師をやるのが夢!と思っている私は一生どこにも行けないまま人生を終えてしまうじゃない!と、とうとう重い腰を上げました。

そのきっかけとなったのが、毎年のように金沢を訪ねてくれる東京在住の武山夫妻。はるこさんに「いつも私たちが金沢にお邪魔しているけれど、和泉さんたちも仙台に来て(仙台がお二人のご出身)。仙台のマンションから七夕の花火大会が見えるから是非!」と誘っていただいたのでした。重い腰だけど、ひとたび上げてしまえば話は速い。そして見たい建築、行きたい場所、泊まりたい宿をほとんど長村さんがピックアップし、はるこさんと相談しながら計画してくれました。私はその計画書を見て、それ以外で行きたい場所をちょこっとあげて、「こっちとこっち、どちらの宿がいい?」と聞かれたことに答えるぐらいの「良きに計らえ」スタンス。申し訳ないわぁ。

8/4(火)
金沢をロードスターで出発

福島県鹿沼郡柳津町   やないづ町立斎藤清美術館
福島県会津若松市    栄螺堂 
福島県南会津郡下郷町  大内宿
福島県田村郡三春町   龍穏寺 大高正人先生のお墓参り
宮城県柴田郡川崎町   青根温泉「不忘閣」宿泊

8/5(水)
宮城県仙台市      せんだいメディアテーク(伊東豊雄氏設計)
            武山家で七夕の花火
            武山家泊

8/6(木)
宮城県仙台市      仙台城跡(青葉城址)
宮城県宮城郡利府町   「田里庵」であなごのひつまぶしの昼食
宮城県宮城郡松島町   瑞巌寺
宮城県塩竈市      菅野美術館→塩竃市公民館本町分室
宮城県仙台市      せんだいメディアテーク→七夕見学
            武山家泊

8/7(金)
仙台を武山家の車で出発

宮城県登米市登米町   登米町森林組合太陽熱木材乾燥庫(武山氏設計)
岩手県奥州市水沢区   及源鋳造株式会社ショールーム
岩手県盛岡市      「ぴょんぴょん舎」で昼食→光原社
青森県十和田市     十和田市現代美術館(西沢立衛氏設計)
            十和田湖 乙女の像
            十和田ホテル泊

8/8(土)
青森県青森市      青森県立美術館(青木淳氏設計)
青森県南津軽郡田舎館村 田んぼアート
青森県弘前市      弘前市民会館→弘前こぎん研究所
             (ともに前川國男氏設計)
秋田県鹿角郡小坂町   小坂鉱山事務所→康楽館
秋田県仙北郡角館町   「土間人」で夕食
            農家民宿「西の家」泊

8/9(日)
秋田県仙北郡角館町   角館散策
秋田県秋田市      秋田県立美術館(安藤忠雄氏設計)
            秋田比内地鶏生産責任者の店
            「本家あべや秋田店」で昼食
            武山家着→金沢へ

◯時△分到着、◯時△分出発と綿密な計画が立てられました。果たして、計画通りにいくのかしらん。

2015年08月04日

やないづ町立斎藤清美術館 (その1)


以前、長村さんの師である大高正人先生設計の福島県立美術館を訪ねた時、楽しみにしていたアンドリュー・ワイエスの絵を堪能できたことに加え、斎藤清さんというそれまで知らなかった版画家に出会えたことも大きな収穫でした。でもそれ以来、他の美術館で斎藤氏の作品に再会することはなく、今回の東北旅行で福島県立美術館を再訪しようかなぁと思ったけれど、ただいま美術館は改修工事のため来年3月まで休館中。残念ながら、またいつやってくるとも知れない機会に期待することになったのでした。

ところが、たまたまネット検索中、福島県の柳津町にある道の駅「会津柳津」の敷地内に「やないづ町立斎藤清美術館」があることがわかり、スケジュールに加えてもらうことに。長村さんもお気に入りの版画家だったので快諾してくれました。

道の駅の敷地内とあったので、プレハブみたいな建物で、作品もちょこちょこっとあるだけかな、な〜んて余計なお世話な想像をしつつ到着してみると、なんとご立派な美術館。そして斎藤氏の経歴を見て再度びっくり。単に私が知らなかっただけで、世界的に知られた版画家だったのでした。

IMG_8519[1].jpg

IMG_8522[1].jpg

scan20150811-006-1[1].jpg

世界中を旅していろんな作品を残されていますが、なんと言っても私のお気に入りは彼の生まれた会津のなんてことない日常の風景を描いた「会津の冬」シリーズ。屋根や道や河辺に積もってこんもりと盛り上がっている雪。その中をポツンと歩いて行くマントや外套を着た人。水墨画のように黒っぽく描かれた家の黒と雪の白に、ハッとするようなお地蔵さんの赤いまいかけや家の戸口の暖簾の青に思わず口元が緩んでしまう。どの絵も寒い冬の景色なのに温かい。余計なものをそぎ落として最後に辿り付いた形がこうだったのね、という感じ。

そしてミュージアムショップでまたもポストカードを買い込み、便せん・封筒・ポストカードのストックの総積み上げ高をますます増加させる私なのでした。

栄螺堂(さざえどう) (その2)


少し前、建築関係の本を読んでいたら私の目に強烈な印象で飛び込んで来たお堂、栄螺堂(1796年建立/国重要文化財)。二重らせんのスロープ構造になっており、上りの人と下りの人がすれ違うことなく安全に参拝できるとのこと。これはいつの日か訪ねなくては!と思っていたところにおあつらえ向きの東北旅行。しかも、訪ねる予定のルートからそれほど逸れるわけでもない場所にあることが分かり、訪ねるのは運命よね!と長村さんに伝えたら、さすが、やっぱりすでにご存じ。それでもってこれも快諾。

昔はスロープに沿って西国三十三観音が安置されており、参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音をお参りしたことにしてもらえたそうです(明治になり神仏分離令によって三十三観音像は取り外されました)。金沢でも夏、東山にある観音院でその日にお参りすると46000日分の御利益があるとされる「四万六千日(しまんろくせんにち)」という年中行事がありますが、それと同じちょっと安易系?(笑)。

IMG_8525[1].jpg
栄螺堂への入り口

IMG_8527[1].jpg
正面入り口

IMG_8560[1].jpg
入り口上の龍の彫り物。迫力あるけど、ちょっとエグイ!?

IMG_8555[1].jpg
側面から

IMG_8535[1].jpg
滑り止め付きスロープ

訪れる前、世界に類を見ない建築だそうだし、国の需要文化財でもあるし、当然、靴を脱いで素足で上るものと想像していたのに、土足OKとのこと。ええっ、建物は大丈夫なの?と申し訳ないような気持ちで上り始めました。まあ、ストッキングなんかで来られた日には、滑ってケガして訴訟問題とかになりかねない時代だから、靴を履いてくれていた方がいいってことなのかなぁと人ごとながら心配でなりません。

そこへ、後ろから中学生の団体さん登場。きゃっきゃ、ワイワイ言いながら大人数でドスドス上ってきます。大学生かそれよりちょっと上かなと思われる大人が引率していましたが、一言「古い建物だから維持していくことを考慮して静かに上ろうね」と声かけするでもなく、その方自身が平気でドスドス下りて行きます。こういう場所での振る舞い方を教えるのも大人の仕事だと思うんだけど、と思っているところに、面白がってダダダダッと走り下りてくる中学生出現。

「壊れちゃう。静かに歩こうよ!」

っと声に出すおばちゃんがいました。ええ、ええ、私なんですけどね。

チケット売り場のおばちゃんに「金沢から見に来ました」と言ったら、一瞬絶句して、「こんな何もないところにわざわざ金沢からいらっしゃるほどでも・・・」と言われました。土足OKといい、ドスドスOKといい、おばちゃんのこのコメントといい、栄螺堂の扱いがちょっと粗雑過ぎるのでは?

大内宿 (その3)


栄螺堂から車で走ること45分、南会津郡下郷町大字大内にある宿場町「大内宿」へ。

IMG_8575[1].jpg
大内宿へ向かう国道118号線の道路沿いには、以前は茅葺き屋根
だった住宅が建ち並んでいて期待感が高まります。

江戸時代、1643年頃に会津西街道の宿場として開かれました。当時は「半農半宿」の宿場だったそうです。現在は、民宿や土産物屋、蕎麦屋さんとして営業されています。

IMG_8580[1].jpg
南会津の山中に突如、現れる寄棟造の民家群。

IMG_8585[1].jpg
道路沿いの用水では、ビールやラムネ、トマトや
キュウリといった野菜が冷やされています。

IMG_8606[1].jpg
箸の変わりにネギでいただく「ねぎそば」が名物。
そのためのネギが建物隣りの畑に植えられています。

IMG_8627[1].jpg
メインストリートの一本裏側の道を歩くと町の人々の生活が感じられます。

IMG_8630[1].jpg
灯油のタンクなども裏側に配置。苔むした屋根もまた良きかな。

IMG_8622[1].jpg
こんな今時のサイディング張りの住宅もあったりします。

IMG_8636[1].jpg
メインストリート突き当たりの脇にある階段を上る。

IMG_8645[1].jpg
雪が積もり、多量の屋根雪を落としても通行が楽にできる幅の道路。

20150811-03[1].jpg
資料館「街並み展示館」のチケット

電柱、ネオンサイン、車のない街並みはまるでセットのよう。江戸時代、何もない山中をひたすら歩いて疲れきってこの宿に着いた旅人たちは、無事の到着にほっとし、宿の賑わいに少しは疲れを吹き飛ばすことができたのではないでしょうか。当時を想像してみたくなる町並みです。

青根温泉 湯元不忘閣 (その4)


仙台に行く前に一泊する宿を長村さんがネットで調べていくつかピックアップしてくれたのでチェック中、

「どうしてもここに泊るっ!」

と魅せられてしまったある宿のウェブサイト内の一枚の画像。木造で三面が開口部なんて現代の建築基準法下では造ることができない在り方、ここで一日ぼーっとしていたくなるようなこの空間をぜひとも体感してみたい、と決定した宿が「青根温泉 湯元不忘閣」でした。

IMG_8763[1].jpg
中央が不忘閣玄関.
この外観しか知らなかったらあまり食指は動かなかったろうなぁ〜。

IMG_8700[1].jpg
私たちのお部屋からの眺め。
左の建物の中庭に飛び出した部分の2階があの画像の場所。

IMG_8841[1].jpg
さらにズーム! その1階は洗面所。

IMG_8704[1].jpg
近づいてゆくと・・・

IMG_8706[1].jpg
「こんなに小さな空間だったんだ」は素人の私。
「ガラス戸の枚数からしてこんなもんだと思ってたよ」は長村さん。

IMG_8714[1].jpg
プロの写真は流石だね。お部屋ではなく、廊下の一部が
お庭に飛び出した形のオープンスペースの談話室。

IMG_8818[1].jpg
夜の談話室。

IMG_8762[1].jpg
中庭の談話室の反対側にも同じような空間が。

IMG_8717[1].jpg
中庭側よりちょっとシンプル。

IMG_8718[1].jpg
こちらも同じく廊下の一部のオープンスペース。

IMG_8724[1].jpg
中庭側の談話室の真下の洗面所。現在は使用されていません。

IMG_8725[1].jpg
洗面所の左側。なんともレトロ。

IMG_8789[1].jpg
浴室は全部で6つ。

右側の「御殿湯」(大・小)は時間で男性女性が入れ替わる普通のお風呂。体を洗ったり、シャワーがあるのはこの2つだけ。それ以外はどれも洗い場はなく、お湯に浸かるだけの貸し切り風呂。「大湯」「新湯」「蔵湯」の3つは、フロントに3枚の貸し切り札が設置してあり、入浴の際にはその札を持って行き、入り口前のスタンドにその札を置いておきます。それが「使用中」の合図。「亥之輔の湯」は入り口に至るアプローチに使用中の看板を置くだけでOK。というシステムになっています。

平日ということもあって、私たち以外に宿泊客はご夫婦2組、マダムの6人グループで合計4組。一番若いのが私たちで、1組は「迷ってしまいそうだわ」、もう1組はご主人の体調が今ひとつということで、全お風呂踏破の鼻息荒いのは私たち夫婦だけ。お蔭で全部のお風呂をゆっくりと堪能させていただいたのでした。

IMG_8727[1].jpg
「亥之輔の湯」の看板と照明。

IMG_8737[1].jpg
サイン。

IMG_8734[1].jpg
階段下の脱衣場。
“ちゃわ(=おっちょこちょい)"な私はお約束で頭をゴツン!

IMG_8733[1].jpg
半露天。

IMG_8731[1].jpg
L字状で二人入ればいっぱい。

IMG_8738[1].jpg
夕涼み、休憩用のお部屋あり。

IMG_8745[1].jpg
寝転んでもOK。

IMG_8779[1].jpg
「大湯」。左側に脱衣カゴ。

IMG_8783[1].jpg
右奥の階段上が入り口。

IMG_8778[1].jpg
この天井高と広さに二人だけでゆっくり浸かる。

IMG_8756[1].jpg
照明の当たる水面に湯口から落ちるお湯で波が立ち、
その模様が動く様が美しく、見ていて飽きない。

IMG_8768[1].jpg
「新湯」へのアプローチ階段。

IMG_8770[1].jpg
この石は江戸時代のもの。石からの遠赤外線効果で浴室全体がサウナのよう。

IMG_8791[1].jpg
「蔵湯」へ続く石畳みの途中、蔵と蔵の間に小さな社が。

IMG_8792[1].jpg
突き当たり左に「蔵湯」入り口。

IMG_8831[1].jpg
「蔵湯」入り口付近。

IMG_8795[1].jpg
青森ひばの床の上に浴槽が置いてあります。

IMG_8832[1].jpg
長村さんによる盗撮。申し訳ないほど色気皆無。
一声かけてくれたら品ぐらいつくったのにぃ〜。

IMG_8812[1].jpg
夜の中庭。

IMG_8846[1].jpg
朝の「殿舎」。

IMG_8872[1].jpg
朝、女将による「殿舎」の見学ツアーあり。

IMG_8848[1].jpg
女将。「今、お風呂を掃除してきたところ」みたいな赤いお顔で
汗を流しておられました。女将も大変なお仕事・・・。

IMG_8855[1].jpg
2階廊下とガラス窓。

IMG_8856[1].jpg
中央は、伊達のお殿様が仙台からお越しになる際にお持ちになったお弁当箱。
右上に伊達家の家紋入りの欄間。

IMG_8863[1].jpg
照明器具。

IMG_8869[1].jpg
この建物は昭和初期に再建されたもので、元になる図面もなかったそう。
というわけで、想像しながら造られたもののようです。

平日にお泊まりだったのと、私たちとは違って鼻息の荒くない宿泊客ばかりだったお蔭で、6つのお風呂すべて貸切状態でゆっくりと堪能させていただき本当に楽しかったです。

それにしても、おばちゃんという種族は不思議な生き物です。貸切風呂の入り口に貸切札はちゃんと置いてあるのに平気で侵入してきます。そして必ず「らっ・・・」と言います。いやいや、貸切札のみならずスリッパも二人分あったやろ・・・。そして、「失礼!」と慌てふためいて出ていくでもなく、じっくりと見てからやおらと出て行きます。長村さんが居ても平気です。長村さんの方が慌てます。

そして、お入りになりたいのだな、と思うので、「私たちはすぐに出ますから、どうぞ」と言って、タオルで身体を拭くのもそこそこに出て、「どうぞ、お入りください、終わりましたから」と追いかけていったけれど、「いいの、いいの」と入りたいわけではなかったらしい。なんやったん?と長村さんと顔を見合わせて、なんとなく中途半端な気持ちをどこに持って行って良いのやら・・・。

恥じらいのないおばちゃんにならんとこー!っと思ったものの、栄螺堂で思ったことを速攻口に出してしまう当たり、すでに立派な予備軍ですよね〜、あーっははっ!

2015年08月07日

十和田湖へ (その5)


宮城県登米市にある武山氏設計の「登米町森林組合太陽熱木材乾燥庫」を見学。武山氏は一環して研究を続けてこられたOMソーラーのオーソリティ。

IMG_9050[1].jpg
内部はかなりの高温。木材を乾燥中。

その後、岩手県奥州市の及源鋳造株式会社のショールームへ。

IMG_9059[1].jpg
鉄瓶で湧かしたお湯でお茶をふるまっていただきました。
トロンとした甘味があります。

IMG_9063[1].jpg
以前から欲しかった鉄瓶を検討中。

南部鉄器の鍋(長村さんの落花生煎り用)・鉄瓶(美味しい白湯が飲みたくて)・可愛いくてオシャレな小さいココットの3つを購入。ココットは「そんなもの、何に使うの?」と長村さんに言われるかと思えば、「置いておくだけでもいいね♪」と言われて大手を振って買っちゃいました。

その後、盛岡市にある「光原社」へ。宮沢賢治が生前に刊行した『注文の多い料理店』を出版した出版社で、現在は民芸品や雑貨を扱うお店や資料館、カフェが敷地内に点在しています。

IMG_9074[1].jpg
左が宮沢賢治の資料館、右がカフェ。

西沢立衛氏設計の十和田市現代美術館を見学。

IMG_9108[1].jpg

IMG_9112[1].jpg

その後、本日の宿泊先の「十和田ホテル」に向かいます。

東北と言えど、夏の暑さは余所とまったく同じで33℃。ですが、十和田ホテルに向かう道々、どんどん気温が下がっていくのです。十和田湖に到着すると20℃になっていたのには驚きました。

IMG_9137[1].jpg
奥入瀬沿いのクネクネ道を上って行きます。

IMG_9139[1].jpg
18:00過ぎ十和田湖着。遊覧船の営業も終了し、人っ子ひとりいません。
湖の静謐なたたずまいがなんとも好ましく。

IMG_9141[1].jpg
「乙女の像」を見に行こうと誘う武山さん。

IMG_9145[1].jpg
乙女の像は高村光太郎氏作、台座や像周辺は谷口吉郎氏設計という強力タッグ
による作品です。が、乙女二人が手を取り合っている真ん中にスパッと
切れ目を入れるような台座の目地はOKなん?と私達の間で物議をかもす。

IMG_9151[1].jpg
乙女の像をバックに昔の乙女と青年が記念撮影♪


十和田ホテル (その6)


欧米以外の有色人種国家であり、アジアで行われる初のオリンピックとして1940年(昭和15年)に開催が予定されていた東京オリンピック夏季大会。しかし、日中戦争の影響、国際情勢の緊迫などで開催には至りませんでした。十和田ホテルは、日本を訪れる外国人観光客のための宿として政府の要請で建てられたホテルのひとつで1939年にオープンしました。秋田、青森、岩手の三県から宮大工八十名を集めて造ったという木造三階建て。左隣りには、戦後増築した部分を撤去して改築した新館があります。その際、本館も大規模な改修工事が行われています。

IMG_9224[1].jpg
新館と本館の間にエントランス。

IMG_9223[1].jpg
手前が新館、奥が本館。

IMG_9213[1].jpg
本館の車寄せ。

IMG_9279[1].jpg
本館の見上げ。

IMG_9219[1].jpg
グランドフロアの窓まわり。

IMG_9274[1].jpg
1階の窓が水平に開けられている部屋が私たちが宿泊した103号室「樅」。
「不忘閣」で、女将が「山本周五郎さんが『樅ノ木は残った』をこちらで
執筆されました」と仰っていましたが、今回は樅にご縁あり。

IMG_9268[1].jpg
お部屋内部から。窓をフルオープンにできていいのだけれど、
網戸が付けられません。

IMG_9272[1].jpg
本館玄関。新しいエントランスができたため現在は
使用されていませんが、自由に出入りできます。

IMG_9280[1].jpg
登録有形文化財のプレート。

IMG_9154[1].jpg
あまりにも立派な上り框で、日本人の感覚として土足で上がるには躊躇われ
ます。長村さんは不安でフロントに確認しに行きました。土足OKです。
土間に敷き詰められているのは、十和田湖の湖底から採取した石だそう。

IMG_9159[1].jpg
本館ロビーの二層吹抜部分。
宮大工たちの技術が凝縮された空間です。

IMG_9169[1].jpg
吹抜1階(玄関はグランドフロア)からの見下ろし。

IMG_9186[1].jpg
玄関を入って正面に金庫が。
昔はここにフロントカウンターがあったと思われます。

IMG_9206[1].jpg
ラウンジを2階から見下ろす。

IMG_9193[1].jpg
夕食はダイニングルームで。なぜか私たちだけ小部屋に案内され、
落ち着いてお食事を楽しめました。ラッキー! いや、隔離・・・?

ホテルで働く方々の応対がとても感じ良く、マニュアルどおりではないホスピタリティを感じました。あっ、朝食はストレートりんごジュースを好きなだけいただくことができました。さすがりんごどころです。

2015年08月08日

田んぼアート (その7)


青森県南津軽軍田舎館村で村おこしの一つとして1993年に始まった「田んぼアート」。「ファーマーとしてはこれを見ておかなくては!」と長村さんがえらく乗り気。長村さんほどではなかった私も実際に見て圧倒されました。緻密で芸術性も高い。そして回を重ねるごとに作品のレベルがものすごく上がっています。

当初、100人程度の参加者だった田植えは現在1200人、平成26年の見学者は第1・2会場で延べ約29万人(恐らく大抵の人が両方を見ると思うので約15万人ということかな?)となっているそうです。他に何の施設もない田んぼで始めた入場無料の田んぼアートが全国的に有名になり、予想もしていなかった来場者が押し寄せることに。田舎館村の行政は来場者の受入体制を整えつつ、村の活性化を図ってきています。莫大な税金で箱物を造り、造った後の維持に頭を抱える行政があることを思うと、低予算で村人を巻き込んでのこういう活動こそがまさにあるべき村おこしですね。

IMG_0023[1].jpg
「道の駅 弥生の里」の第2会場。

IMG_0041[1].jpg
使用される稲は今回は7色7種類。

食用にされる「つがるロマン(緑)」。
背丈が低く穂が垂れない種類として「紫大黒(紫)」「緑大黒(濃緑)」「黄大黒(黄)」。
観賞用の「ゆきあそび(白)」「あかねあそび(橙)」「べにあそび(赤)」。

IMG_0035[1].jpg
30分ほど並んで展望台へ。

IMG_0026[1].jpg
原図をもとに、斜め上から見て自然に見えるように遠近法を
用いて下絵を描きます。その下絵が田植えの設計図となります。

IMG_0025[1].jpg

本当は第1会場である「田舎館村役場」の「風と共に去りぬ」を見たかったのだけれど、整理券が配布されるほどの人気。次の整理券配布が2時間後の15:30からと聞いて、バイバ〜イッ! ささっ、次の訪問地に行かなくちゃ!

2018年01月04日

嫌味も言ってみるもんだわ♪


年末に武山夫妻とご子息Y君が来沢されました。武山夫妻とはこの数年、いっしょに建築を見て回るのが恒例になりました。長村さんは素人の私と見学しても教える一方だけど、建築の専門家である武山氏とは建築論議ができるのがことのほか楽しい様子。そして三十数年前に手を繋いで歩いたY君は立派な青年に成長しましたが、彼も建築を見て歩くのがお好きなようで、おじさん&おばさんツアーなのに嫌がることなく参加してくれます。

Y君は2〜7日までソウル旅行とのこと。休みが取れると、まるで国内旅行のようにリュック一つでひょいと台湾や中国に出かけていくそうで、その身軽さが羨ましい。ヨーロッパに興味はないの?と尋ねてみると、やはりヨーロッパを旅行するほどの休みは取りにくいとのこと。

「私は台湾に興味があるのに、長村さんがアジア圏は絶対ウンって
 言わない。私がインドから帰って来たときも、まず第一声が
 『病気、持って帰ってきてないだろうな』だった・・・」

と、いまだに根に持って嫌味を言ったら、私を哀れに思ってくださったのか
武山氏が、

「よし、じゃあ、今年の建築ツアーは海外だ。
 台湾に行って白菜と角煮を見よう!」

アジア圏には足を踏み入れたくないけど見たい建築は山のようにある、教科書に載っていた白菜と角煮も実物を見るのは大事だ、武山氏と一緒に行けるなら、う〜む、行くか!と長村さんの心が動かされたようで、5人で台湾旅行決定。心が決まると早速見たい建築をGoogle mapでプロットしてプランを練り始めました。そして台湾は庭のようなY君と長村さんでメールが行き交い緻密な旅行計画が出来上がりつつあります。

2018年01月05日

「白菜」と「角煮」


「白菜」と「角煮」とは。

どちらも台湾の台北市にある国立故宮博物院に収められている作品です。

「白菜」の正式名称は「翠玉白菜」という有名な翡翠の彫刻です。畑で採れる白菜大かな?との私たちの想像を裏切るその小ささで盛り上がりました。ベルギーの小便小僧とか、デンマークの人魚像とか、実物を見たら思いの外小さくてなんだかガックリ、なのに有名、なものが世界にはいろいろあるよね〜。白菜の実物は187×91mmだそうで、まるで巻きが悪いうえに虫食いの外葉を剥がしていったらこんなになっちゃいました的な、うちの珠洲の畑のできが悪い白菜寸法・・・。

「角煮」は「肉形石(にくがたいし)」でトンポーローという豚の角煮の一種を模した彫刻です。あまり美しいとも思えない色や造形なので、実物を見て確かめてこようと思います。

それにしても、白菜やら角煮やら、日本人ならあまり選択しなさそうな題材が美術作品になっているところが何やら面白い。

ちなみに、白菜と角煮はストラップなどのグッズでたくさん売られているそうです。食べ物のミニチュアに弱い私がこの性癖を抑えて買わずに済ませられるか・・・。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。